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<被災地はいま>震災遺構/存廃の判断、地元苦慮

2015年03月06日 東環コラム


<河北新報社より>

 東日本大震災の悲劇を伝える「震災遺構」をめぐり、保存の是非の議論が熱を帯びている。鎮魂の場としての役割や防災意識の向上が期待される一方、維持費の負担や遺族感情も考慮する必要があるためだ。結論を急がず、時間をかけて検討する動きも出ている。

◎保存/維持費負担が重荷

 「物言わぬ語り部」としての役割が期待される震災遺構だが、保存には修繕維持費がつきまとう。国の支援は限定的で、被災自治体が苦慮するケースも出ている。
 津波被害を受けた東松島市の「かんぽの宿松島」は施設のたなざらしが続いている。所有する日本郵政(東京)に再活用の意思はなく、市は2014年10月、一部保存を前提に後継事業者を募った。だが、応募はゼロだった。
 ネックとなったのは6億円以上とみられる修繕費。施設は特別名勝松島の指定区域にあり、新規物件の建築は難しい。市の担当者は「周辺には避難ビルがない。解体は避けてほしいのだが…」と気をもむ。
 遺構関連の国の財政支援は、保存の初期費用に限られる。対象も一つの市町村につき1カ所だけ。自治体が直接管理しようとすれば、恒久的に出費が続く。地方に財政的な余力は乏しく、「伝承」と「負担」のはざまで苦悩が深まる。
 費用負担をクリアしたとしても、保存には地元の理解が欠かせない。
 児童・教職員計84人が死亡、不明となった石巻市の大川小をめぐっては、住民組織内で議論が進む。アンケートを通して(1)解体(2)一部保存(3)保存-の3案を絞り込み、地元総意として市に要望する方針を固めている。



◎解体/遺族への配慮優先

 被災建造物の保存、解体の判断に当たっては、遺族や被災者への配慮が欠かせない。遺構の候補になりながら姿を消した物件の背景には、複雑な地域感情が見え隠れしている。
 津波で中心市街地が壊滅した陸前高田市は、遺構について二つの条件を定めた。一つは「復興まちづくりの支障にならない」。もう一つは「犠牲者が出ていない」という条件だった。市都市計画課の担当者は「いま生きている人々が希望を持ち、前向きになれることを重視した」と話す。
 この結果、市は条件に合致する道の駅高田松原「タピック45」、陸前高田ユースホステル、気仙中校舎、定住促進住宅の保存を決定。対照的に多数の死者が出た市役所庁舎、市民会館を解体した。
 遺構は震災の悲劇を伝える一方、つらい記憶を喚起する恐れもはらむ。
 気仙沼市に打ち上げられた大型漁船「第18共徳丸」。震災後、津波の威力を体現する事例として注目を集めた。市は保存策を模索したが、所有者側は「住民の心理的負担」などを理由に解体方針を貫徹。2013年中に姿を消した。
 最大の津波被災地となった石巻市では、門脇小の扱いが焦点の一つになっている。市震災伝承検討委員会が保存を提言したのに対し、住民から異論が噴出。市が対応を検討している。

◎モニュメント活用の動きも

 震災の記憶を伝えるのは建物などの大規模構造物とは限らない。各地ではモニュメントや遺物を保存する取り組みも広がっている。
 代表例が陸前高田市の「奇跡の一本松」だ。被災地のシンボルとして全国的に知られるようになり、今も多くの人が見学に訪れる。
 原発事故で深刻な被害を受けた福島県では、県立博物館が中心となって遺物収集が進む。津波で破壊された標識、避難所で配られた非常食などを対象としており、県立博物館の高橋満学芸員は「失われた古里の生活を後世に伝えたい」と語る。

このニュース記事≫http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201503/20150306_73025.html