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オウム東京総本部「南青山ビル」解体

2015年03月21日 東環コラム


<スポーツニッポンより>

 13人が死亡、6000人以上が重軽症を負ったオウム真理教による地下鉄サリン事件は20日、発生から20年を迎え、多くの被害者が出た東京メトロ霞ケ関駅などで慰霊式が開かれた。教団が東京総本部としていた「南青山ビル」は解体が始まったことが判明。サリン製造プラントがあった山梨県上九一色村(現富士河口湖町)など、数々の現場も様変わりしている。

 全面ガラス張りで、地上5階、地下1階の「南青山ビル」は、外観こそ当時と変わらない。だが1階ガラスには「解体工事のお知らせ」の張り紙。内装のはがれた室内に作業員の姿が見えた。工事は今週始まったばかりで、6月末まで予定。この日は青い大型トラックが横付けされ、ブルーシートが掛けられた室内から、資材などが搬出された。

 95年の地下鉄サリン事件後、教団が全階借りていたこのビルには連日、約200人のマスコミが集まった。国民の目が一斉に向けられ、広報担当の上祐史浩元幹部(52)の追っかけギャルまで現れた。近隣住民は「出て行け」と看板を掲げた。同年4月、最高幹部の村井秀夫氏(当時36)が1階玄関前で刺殺される事件も起きた。



 教団はその後、破産宣告を受けて96年3月に撤退。ビルは都心の一等地にありながら“いわく付き”の物件になった。アパレル業者や室内クリーニング業者などが入ったが、いずれも短期間で退去。最近は借り手もなかったようだ。解体作業を見守った30代の男性は「入居すると、オウム関連の店なのかと疑うからね。20年のタイミングで解体というのも何か意味があるのかな」と話した。ビルの管理会社は「入居店舗の契約が切れたことなどから、総合的に(解体を)判断した」と説明した。

 周辺は住民の入れ替わりも激しく「特に何も思わない」という人も多い。だが事件当時を知る50代の女性は「よく見に来たし、今も前を通るたび思い出す」。近くのマンションに住む60代女性は「忌まわしい事件もあった。とっとと解体されるべき」と厳しい口調で話した。

このニュース記事≫http://www.sponichi.co.jp/society/news/2015/03/21/kiji/K20150321010020360.html