STORY~東環のレキシ

東洋環境開発の10周年にあたり、今までのことを振り返ってみると、実に様々なことが思い出されます。それは、東洋環境開発を立ち上げるずっと前まで話はさかのぼります。

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社長が語った東環への思い

「資源を最大限に生かす解体」東環リサイクルセンターの誕生

 東環リサイクルセンターを設立する前の30年間、鳶・土工そして解体工事の仕事にたずさわっていく中で、環境問題は年々クローズアップされていきました。特に解体工事に関しては、解体で発生する廃棄物の問題が大きな課題となりました。そんな中で2000年の「建設リサイクル法」の制定により、建築物の解体時に発生する廃棄物について再利用が義務づけられました。

 これを「都市の再生」「地球資源の有効活用」という社会が求めている私たちへのメッセージであると受け止め、資源を最大限に生かす解体工事の実現に向けて、努力を続けました。解体工事のあり方やその廃棄物の処理の仕方、技術の向上など…それらの思いの行き着く先が、リサイクルセンターにありました。

解体工事で出た資源をしっかりと生まれ変わらせ、再び社会に送り出す。このような資源を最大限に生かす解体工事ということを考えた時、リサイクルセンターを自社で運営し、資源の再生まで行うことは当然の帰結でもありました。
 ただ、思っただけでは実現は出来ません。リサイクルセンターを自社で運営するということには、とても高いハードルがありました。行政との関係、地域住民の皆様のご理解、そして廃棄物を再生させるための大きな設備などクリアしなければならない条件がたくさんありました。どうしたものかと思案する中、大きな出逢いがありました。私たちの解体工事を見ていてくれた方が、リサイクルセンターの取得に向けた道筋を与えてくれたのです。
 私は当時60歳間近でしたが、最後の奉公と思い、この道を進むことを決めました。そして、2003年6月に「東環リサイクルセンター」が誕生したのです。「東環リサイクルセンター」は、高レベルの中間処理施設として、ISO14001を取得するなど質の高い再生を目指し進化を続けています。「東環リサイクルセンター」の開所により、解体からリサイクルまで、社会から与えられたメッセージである「都市の再生」「地球資源の有効活用」に応えうる条件を整えることができました。これからも、この開所時の思いを忘れずに、これからの循環型の産業システムを支える会社として、地球環境の保全と資源の有効活用に積極的に取り組み続けてほしいと願っています。

~東洋環境開発10 周年物語~「60 歳からの起業」

「競輪」のプロ選手から「鳶・土工」の工事長へ

 まず思い出されるのが、大学時代に自転車競技で日本一になり、大学卒業後プロになれたことです。
競技のトレーニングを通じて、多くのことを学ばせていただきました。競技のトレーニングは、とてもハードだったことは忘れません。また当時、様々な人との出逢いを通じても多くを学ばせていただきました。当時学んだことは、現在も生きています。
 プロ引退後は、向井建設さんに入社させていただきました。鳶・土工では日本一の会社です。そういった素晴らしい会社に入社することができたことは本当に喜ばしいことでした。そんな思いで、一生懸命仕事をさせていただきました。その後、仙台の街がどんどん発展する中で、東北支店の工事長を拝命し、たくさんの大きな仕事を経験させていただくことができました。これは大変貴重な経験でした。一方、私のことを「オヤジ」といって慕ってくれる若い人材にも多く恵まれました。私のことを「オヤジ」と呼んでくれる若い人たちには、私自身も彼らを「息子」と思い、彼らと向き合いました。
そうして、たくさんの「息子」に囲まれ仕事をすることができました。こうした交流や経験は、私にとっての人生の大きな財産となりました。向井建設さんにお世話になってからの30年間、色々なことがありましたが、素晴らしい会社人生を歩むことができたと、今思うと感謝の気持ちで心がいっぱいになります。

株式会社 東洋環境開発設立へ

実は、60歳で引退しようと思っていたのです。ただ当時、「オヤジ」といって慕ってくれる「息子」達や、お世話になっていた関連業者の皆様、お客様などの存在がとても大きく、どうしても引退が決断できない状態でした。
そういった皆様から、会社を立ち上げ、社長として仕事を続けていってほしいという要請を何度も受けました。
本当にありがたいお話でしたが、そんな器じゃないと断ろうと考えていました。

そんな時、ある先輩経営者から「元気なうちは働かなくちゃ。みんなが喜ぶような決断をしたほうがいいよ」という言葉に心を動かされ、思い切って起業を決断しました。「何のために会社をやっているのか。
それさえブレなければ人はついてくる」その先輩経営者にいただいた言葉を胸に、「解体・リサイクル業を通して地域に貢献しつつ、次世代のリーダーを育て、自然をいい形で後世に引き継ぐ」という思いで、会社の経営を始めました。

次世代のリーダーが出てきた

 創立当時から考えると、会社も成長して来ているようです。ただ、順風満帆に10年が過ぎたということでは、決してありません。創立時に掲げた「解体・リサイクル業を通して地域に貢献しつつ、次世代のリーダーを育て、自然をいい形で後世に引き継ぐ」という思いがあったから、色々なことを乗り越えてくることができたんだと思います。

 事業面では、「東環リサイクルセンター」を開所できたことは、「思い」の実現になったのではないかと感じています。リサイクルセンター開所にあたっては、多くの方々の協力・アドバイスをいただきました。このことは感謝しても感謝しきれません。10年前の6月24日にセンターの開所式を開催し、300名近い方々にお集まりいただきました。そして今日も、その多くの方々とお付き合いさせていただいていることは、つくづく私は「幸運だな」と感じています。
また、センターのある鶴巣山田地区の皆様が、暖かい気持ちで私たちを見守っていただいていることも忘れてはいけないことです。こういった方々の支えがあって、今日の私たちの仕事が成り立っているのです。決して、感謝の気持ちを忘れてはいけません。

 また、5年前に経営幹部と徹底的に意見を交わしあい、「夢のある新しい街づくり」という社是をつくりました。次世代のリーダー育成のためには、会社の目的をしっかりと明文化することが大切だと感じたからです。当社には、創業時に高卒で入社し、手塩にかけて育てた社員が数多くいます。このプロジェクトのメンバーもそうです。彼らの中から、私や経営幹部の「都市の再生」と「地球資源の有効活用」に対する思いを継承してくれる人材が一刻も早く出てもらいたいと思っています。センターを開所して10年経って、その萌芽があちらこちらで感じられるようになったことは、本当に喜ばしいことです。

東日本大震災を経て社員の成長を実感できた

 私は、震災の時出張で東京におりました。あの大きな揺れのあと、大変なことになるぞと身震いしたことを覚えています。「東北の街の人たちは?社員は?会社は?家族は?」様々な思いが心を駆け巡る中、真っ先にタクシーに乗り込みました。大きな余震が続く車中で、大変危険な道路状況を仙台まで送ってくれたタクシーの運転手のプロ意識に感化され、これから起こるであろう・起きているであろう事態を幾通りもシミュレートしました。長い道中を経て会社に到着すると、大変驚いたことを覚えています。

 私がいなければ、何にも出来ないと思っていた社員達が、真っ先に会社に駆けつけ、自らの判断で的確に状況を処理していたのです。各方面から震災に関する瓦礫の撤去などの様々な依頼が殺到していましたが、この社員達と一緒なら必ず乗り越えられると確信しました。
実際、社員達は期待以上に頑張ってくれました。協力業者の皆様も本当に良く協力してくれました。
震災は、本当に悲しい出来事であり、二度と起って欲しくない災害でした。しかし、そんな悲しみの中にも、将来への「希望」という宝を見つけることができました。

「いい会社」を創りたい

 この会社は、引退をしようと考えていた私を、必要だといってくれた人たちの思いと希望で創業した会社です。ですから、皆様にとって「いい会社だね」とか「東洋環境開発があって良かった」と言ってもらえるような会社にしていきたいです。そして私の念願であります、「次世代のリーダー」を育成するということが、今後の最も大きな抱負です。これが、お世話になったこの業界や地域社会に対する私の出来うる大きな恩返しであり、使命とも思っています。そのためにも健康に留意し、思い込みを捨て、日々目標を持って生きてゆきたいと思っています。